「怒っていいはずの場面なのに、なぜか何も感じない……」 「子供の頃の記憶が、ある時期だけすっぽり抜け落ちている……」 「特に理由がないのに、ずっと胸のあたりが重苦しい……」

こんな経験、ありませんか?

たとえば、職場で理不尽なことを言われても、怒りどころか何の感情も湧いてこない。客観的に見れば明らかにひどい扱いを受けているのに、自分だけが妙に冷静で、まるで他人事のような感覚。あるいは、幼少期のことを聞かれても「普通だったよ」としか答えられず、具体的なエピソードが驚くほど何も思い出せない…..。

こういうとき、多くの方は「自分は感情が薄い人間なんだ」「冷たい性格なのかもしれない」と思ってしまいがちです。

でも、ちょっと待ってください。

実はこれ、あなたの性格の問題ではありません。心理学では 「抑圧(よくあつ)」 と呼ばれる、れっきとした防衛機制(心の安全装置) のひとつなんです。

どうも、心理セラピストの山形竜也です。トランスパーソナル心理学をベースに、本当の自分を取り戻す専門家として活動しています。

※ トランスパーソナル心理学は、個人の枠を超えた、魂や本質的なつながりを扱う心理学の分野です。

心理セラピストとして8年間、2,000名以上の方の心と深く向き合う中で、「自分の本当の感情がわからない」「感じるべきことを感じられない」と悩んでいる方に、本当にたくさん出会ってきました。

この記事では、抑圧とは何か、なぜ起きるのか、そしてどうすれば「自分を責めずに」向き合えるのかを、できるだけわかりやすくお伝えしていきます。

先にひとつだけお伝えしておきたいのは、「抑圧」は決してあなたの弱さの証ではない、ということ。むしろ、あなたの心があなた自身を全力で守り抜いてきた証なんです。

その仕組みを知るだけで、「感じられない自分」への見方がふっと変わる。そんな記事を目指して書きました。ぜひ最後まで読んでみてくださいね。

目次
  1. 防衛機制の「抑圧」とは?心が記憶ごと沈めてしまう仕組み
    1. 抑圧ってそもそも何?
    2. 抑圧には2つの段階がある
    3. 押し込めたものは、別の姿で戻ってくる
    4. 「抑圧」は心の”防波堤”であり、”道しるべ”でもある
  2. 「抑圧」と間違えやすい4つの防衛機制|その違い、わかりますか?
    1. 抑制|「勝手に消える」のではなく「自分で脇に置く」
    2. 否認|「内面の感情」ではなく「外の現実」を拒否する
    3. 隔離(感情分離)|記憶は残っているのに、感情だけが消えている
    4. 解離|「特定の記憶」ではなく「自分自身のつながり」が断たれる
    5. 比較まとめ
  3. 【シーン別】「抑圧」の具体例・あるある|あなたにも思い当たるものはありませんか?
    1. 職場・仕事編
    2. 恋愛・パートナーシップ編
    3. 親子関係・友人編
  4. なぜ「抑圧」を使ってしまうのか?|あなたのせいじゃない、4つの理由
    1. 心が粉々になるのを防ぐ「緊急ブレーカー」
    2. 心の中の「板挟み」から逃れるため
    3. 生き延びるための「適応戦略」
    4. 感情を処理する「道具」がまだなかった
    5. 「抑圧」を使う理由をまとめると……
  5. 「抑圧」が減ると、日常はどう変わる?
    1. 原因不明の疲労感が消え、エネルギーが戻る
    2. 感情の解像度が上がり、人生に彩りが戻る
    3. 「過剰適応」が終わり、健全な境界線が引ける
    4. 原因不明の身体症状が軽くなる
    5. ※ひとつだけ注意|「好転反応」について
  6. 「抑圧」のクセに気づき、心を楽にする3つの対処法
    1. まず知っておきたい|抑圧の限界を知らせる3つのサイン
    2. ステップ1:ジャッジのない「安全な出力」を習慣にする
    3. ステップ2:湧き上がる「不快な感情」を歓迎する
    4. ステップ3:身体の感覚(フェルトセンス)にただ「居る」
  7. 【事例】抑圧に気づいた健太さんの話
    1. ステップ1:安全な出力を始めた
    2. ステップ2:不快な感情を歓迎した
    3. ステップ3:身体の感覚に留まった
    4. 健太さんのその後
  8. 筆者の「抑圧」について|わたしも押し殺してきました
    1. わたしが「抑圧」に気づいた瞬間
  9. 「抑圧」に気づくためのチェックリスト
    1. このチェックリストの使い方
  10. さいごに|抑圧と和解して、ありのままの自分へ
    1. 参考文献
    2. お読みいただく際のご注意(免責事項)

防衛機制の「抑圧」とは?心が記憶ごと沈めてしまう仕組み

防衛機制の「抑圧」とは?心が記憶ごと沈めてしまう仕組み

抑圧ってそもそも何?

防衛機制における 「抑圧(Repression)」 とは、ひと言でいうと、自分の心を脅かすような苦痛な記憶、不快な感情、受け入れがたい欲求を、無意識の奥底へと押し込めて、意識にのぼらないようにする心の働きのことです。

精神分析の創始者であるジークムント・フロイトが提唱した概念で、数ある防衛機制の中でも最も基本的で中心的なメカニズムとされています。

たとえるなら、プールの中で巨大なビーチボールを水底に沈めているような状態です。手を離せば勢いよく水面に飛び出してくるビーチボールを、必死に押さえつけ続けている。表面上は何事もないように見えるけれど、水面下では常にものすごい力が使われている。それが「抑圧」のイメージです。

大事なポイントは、これが意識的に「忘れよう」としているのではないということ。あなたの心が、あなた自身を壊さないように、自動的に記憶や感情を心の奥底にしまい込んでくれている。本人はそれを抑え込んでいることにすら気づいていない。それが抑圧の最大の特徴です。

防衛機制の分類は研究者や理論的立場によって異なり、「全て」の確定的なリストは存在しません。心理学における防衛機制は、精神分析の創始者であるフロイトが見出し、娘のアンナ・フロイトによって体系化された概念だと言われています。(※1)

抑圧には2つの段階がある

少し専門的な話になりますが、フロイトは抑圧を大きく2つの段階に分けています。

① 原抑圧(一次的抑圧)

これは人間の心に「無意識」という領域そのものが作られる、最も根源的なプロセスです。自我がまだ十分に育っていない赤ちゃんの頃に起きるもので、一度も意識にのぼったことのない欲求や衝動が、そのまま心の奥底に留め置かれます。いわば、「意識」と「無意識」の境界線を最初に引く出来事、と考えるとわかりやすいかもしれません。

② 二次的抑圧(狭義の抑圧)

一般的に私たちが「抑圧」と呼ぶのは、こちらのほうです。一度は意識にのぼった記憶や感情——たとえば日常の中で感じた怒りや悲しみ、トラウマ体験の記憶など——を、後から無意識の奥底へと押し戻して閉じ込めるプロセス。「あの出来事はなかったことにする」というよりも、「あの出来事に伴う感情や記憶を、心の引き出しの一番奥に鍵をかけてしまう」という感覚に近いですね。

押し込めたものは、別の姿で戻ってくる

ここが抑圧の面白い(と言ったら語弊がありますが)ところなんですが、無意識に押し込められた感情や記憶は、そこで消えてなくなるわけではありません

それらは常に「意識の表面に出たい!」というエネルギーを持ち続けていて、心の防衛が緩んだ瞬間に、本来の姿ではなく「別の形」に変装して浮上してきます。

たとえば、日常の些細な言い間違いや、妙にリアルで不可解な夢。原因不明の不安感や、身体の不調。「なんでこんなことに怒っているんだろう?」と自分でも理解できない感情の爆発。こうした「不思議な現象」の裏側に、抑圧された感情が隠れていることが少なくないんです。

フロイトはこれを 「抑圧されたものの回帰」 と名づけました。押し込めたものは、必ず何らかの形で帰ってくる。この理解が、抑圧と向き合う上でとても大切になります。

「抑圧」は心の”防波堤”であり、”道しるべ”でもある

心理療法の観点から見ると、抑圧は「諸悪の根源」でも「無理に取り除くべき障害」でもありません

まず、抑圧には心の防波堤としての役割があります。耐え難いトラウマ体験や、直視すれば心が粉々になってしまうような強烈な恐怖や悲しみに出会ったとき、心は緊急避難としてそれらを無意識の奥底へと封じ込めてくれます。この安全装置があったからこそ、あなたは今日まで完全に壊れることなく生きてこられた。これは紛れもない事実です。

そして同時に、抑圧は未解決の課題を知らせる道しるべでもあります。原因不明の不安や繰り返される対人関係のトラブルは、「今なら、あの時処理できなかった感情に向き合えるかもしれないよ」という無意識からのサインだと捉えることもできるんです。

だからこそ私たち心理セラピストは、抑圧という鎧を無理やり引き剥がすのではなく、その人がもはや抑圧という強い防衛に頼らなくても大丈夫なように、内なる安心感と自我の力を一緒に育んでいく。そのプロセスを大切にしています。

「抑圧」と間違えやすい4つの防衛機制|その違い、わかりますか?

「抑圧」と間違えやすい4つの防衛機制|その違い、わかりますか?

防衛機制には色々な種類がありますが、どれも「心を守る」という目的は同じなので、正直、境界線がかなり曖昧です。

中でも「抑圧」と特に混同しやすい4つの防衛機制を、具体例を交えて整理していきますね。

抑制|「勝手に消える」のではなく「自分で脇に置く」

抑圧と最も混同されやすいのが、この「抑制」です。

抑圧の場合: 上司に激怒されたことが苦痛すぎて、帰宅した頃にはその出来事自体をすっぽり忘れてしまっている。翌日同僚に「昨日、大変だったね」と言われても、「え、何のこと?」と本気でわからない。

抑制の場合: 明日の大事なプレゼンが不安で仕方ないけれど、「今夜はしっかり眠ろう。プレゼンのことは明日考えよう」と自分の意志で考えないようにする。

見分け方はシンプルで、「自分で忘れようとしている自覚があるかどうか」。抑制は意識的なコントロールであり、比較的健康的な対処法です。一方、抑圧は完全に無意識で、本人にはコントロールのしようがありません。

否認|「内面の感情」ではなく「外の現実」を拒否する

抑圧の場合: 愛する人を亡くした悲しみがあまりにも大きすぎて、悲しいという感情自体が意識から消えてしまい、葬儀でも涙が一滴も出ない。

否認の場合: 医師から深刻な病気を告知されたのに、「何かの間違いだ」「検査の機械が壊れていたに違いない」と、病気であるという現実そのものを認めようとしない。

見分け方のポイントは、目を背けている対象が「自分の内面の感情」か、「目の前の外的な現実」か、です。

隔離(感情分離)|記憶は残っているのに、感情だけが消えている

抑圧の場合: 幼少期の辛い体験について、出来事の記憶そのものが思い出せない。「子供時代? うーん、特に何もなかったと思うけど……」という状態。

隔離の場合: 凄惨な事故に巻き込まれた体験を、まるでテレビのニュースでも見ているかのように、一切の感情を交えず淡々と語れる。事実は鮮明に覚えている。でも、恐怖や悲しみだけがきれいに切り離されている。

見分け方は、「事実そのものを覚えているかどうか」。隔離は記憶と感情を切り離し、抑圧は記憶ごと丸ごと沈めます。

解離|「特定の記憶」ではなく「自分自身のつながり」が断たれる

抑圧の場合: 特定のトラウマ記憶が思い出せないが、自分が自分であるという感覚は保たれている。

解離の場合: 激しい暴力を受けている最中に、自分が天井から自分自身の身体を見下ろしているような感覚になる。あるいは、ショックを受けた期間の記憶がまるごとスッポリ抜け落ちてしまう。意識やアイデンティティそのもののつながりが断ち切られる。

抑圧よりもさらに強烈で緊急性の高い防衛です。

比較まとめ

防衛機制心を守る戦略本人の自覚
抑圧内面の記憶・感情を無意識に押し込めるなし(気づけない)
抑制内面の思考・感情を意識的に脇に置くあり(自分で選んでいる)
否認外部の現実そのものを認めないなし
隔離記憶は残し、感情だけを切り離す事実は語れるが感情がない
解離意識や自己の感覚そのものを分断する自分の連続性が途切れる

【シーン別】「抑圧」の具体例・あるある|あなたにも思い当たるものはありませんか?

【シーン別】「抑圧」の具体例・あるある|あなたにも思い当たるものはありませんか?

ここからは、抑圧が日常のどんな場面で、どんな形で顔を出すのか、具体的に見ていきましょう。

共通する大事なポイントは、本人はその感情を抱いていることに全く気づいていないということ。「意識的に我慢している」のとは、根本的に違うんです。

職場・仕事編

自分が情熱を注いでいるクリエイティブな仕事で、クライアントから理不尽なダメ出しを受けたとします。その時の屈辱感や怒りがあまりにも強いため、無意識のうちにその感情が心の奥底へ封じ込められる。

本人は「仕事だから当然だ」「全く気にしていない」と本気で思っています。でも、なぜかそのクライアントとの打ち合わせの日付だけをすっぽり忘れてしまったり、そのプロジェクトの作業に取りかかろうとすると急激な頭痛や異常な眠気に襲われたりする。

あるある:

  • 特定の苦手な上司や取引先の名前だけ、どうしても覚えられない、またはよく間違える
  • 「絶対にやり遂げる」と頭では思っているのに、なぜかその仕事の資料だけパソコンの中で行方不明になる

恋愛・パートナーシップ編

長年連れ添っているパートナーに対して、「もっと自分を見てほしい」「大切にしてほしい」という寂しさがある。でもそれを認めることは関係を揺るがす恐怖に繋がるため、無意識に封印してしまう。本人は「私たちは良い夫婦だ」と信じています。

しかし、その抑圧されたエネルギーは別の形で漏れ出します。パートナーが可愛がっているペットの世話を「うっかり」忘れて相手を怒らせたり、相手の些細な言い間違いを執拗に責め立てて大喧嘩に発展したり。本来の「寂しい」という感情が、別の理由をつけた「怒り」として偽装されて表出している状態です。

あるある:

  • パートナーへの不満はないはずなのに、なぜか一緒にいると急に不機嫌になり、自分でも理由がわからない
  • 相手の特定の趣味や習慣に対してだけ、異常なほどイライラを感じる

親子関係・友人編

幼少期に親から感情を否定されたり、子供らしく甘えることを許されなかった。その時の「親への怒り」や「見捨てられる悲しみ」は子供の心には到底耐えられないため、「私は親に愛されていたし感謝している」という記憶にすり替えて、本来の感情を完全に抑圧してしまう。

しかし大人になってから、親しい友人に少しでも意見が食い違ったり連絡が遅れたりすると、「自分は大切にされていない!」と無意識の傷が開き、突然LINEをブロックするなど関係を破壊してしまう。あるいは逆に、嫌われることを極端に恐れて、自分の限界を超えて他人の世話を焼き続ける。

あるある:

  • 「自分の子供時代は特に問題なかった」と語るが、具体的なエピソードを驚くほど何も思い出せない
  • 友人から「優しいね」と褒められても、なぜか素直に受け取れず、居心地の悪さを感じる

なぜ「抑圧」を使ってしまうのか?|あなたのせいじゃない、4つの理由

なぜ「抑圧」を使ってしまうのか?|あなたのせいじゃない、4つの理由

「自分の感情を感じられないなんて、どこかおかしいんじゃないか」と不安に思っている方に、声を大にして伝えたいことがあります。

抑圧は、心の欠陥でも、感情が薄い性格のせいでもありません。

それは、人間の心が生き延びるために備わった、極めて精巧な 「生存戦略(サバイバル・メカニズム)」 の現れです。なぜそう言い切れるのか、4つの視点から説明しますね。

心が粉々になるのを防ぐ「緊急ブレーカー」

最も根本的な理由は、心が壊れるのを防ぐことです。

自分が処理できるキャパシティを大きく超えるような恐怖やトラウマに直面すると、精神が崩壊してしまう危険があります。このとき心は、パソコンが熱くなりすぎると強制シャットダウンするのと同じように、緊急のブレーカーを落として苦痛な記憶や感情を無意識の奥底へ隔離するんです。

つまり抑圧は、「心の自己保存本能」そのものだと言えます。

心の中の「板挟み」から逃れるため

人間の心の中では、本能的な欲求と、社会的な道徳観や良心が常に綱引きをしています。

たとえば、「親を愛し、尊敬しなければならない」という強い道徳観を持っているのに、同時に「親に対して激しい怒り」を感じてしまう。この矛盾は、意識にとって耐え難い罪悪感を引き起こします。

この強烈な板挟みの苦しみから逃れるために、心は「親への怒り」という都合の悪い感情を無意識へと押し込み、「最初からそんな感情はなかった」ことにしてしまうんです。

生き延びるための「適応戦略」

特に幼少期において、親や保護者は子供にとって「生命線」そのものです。

もし親に対して怒りをストレートにぶつけて、見捨てられてしまったら、子供は生きていけません。だから子供は無意識のうちに、親に愛されるために不都合な感情を察知して、先回りで抑圧する。これは自分が所属する環境で生き延びるための、極めて合理的な適応戦略でもあるんです。

感情を処理する「道具」がまだなかった

大人であれば、ストレスに対して「言葉で表現する」「誰かに相談する」「視点を変える」といった多様な対処法を持つことができます。

でも、自我が未発達な子供や、過度なストレスで心理的な余裕を完全に失っている状態の人には、そんな器用なことはできません。処理しきれない膨大な感情を何とかやり過ごす唯一の手段が、「丸ごと見えなくしてしまう(抑圧する)」ことだったんです。

「抑圧」を使う理由をまとめると……

なぜ抑圧を使ってしまうのか。その答えは、「その時の自分には、そうする以外に心と命を守る方法がなかったから」

抑圧は、過去の自分が全力で自分自身を守ろうとした心の防波堤の痕跡です。だからこそ、その防波堤に触れるときは、無理やりこじ開けるのではなく、過去の自分の健気な努力に敬意を払いながら、少しずつ安全を確認していくプロセスが大切なんですね。

「抑圧」が減ると、日常はどう変わる?

「抑圧」が減ると、日常はどう変わる?

ここまで読んで、「抑圧が心のガードマンだっていうのはわかった。でも、じゃあずっとこのままでいいの?」と思った方もいるかもしれません。

もちろん、そうではありません。

常態化していた抑圧が解けていくと、心のモードが 「サバイバル(傷つかないように生き延びる防衛)」から「本来の自分を生きる(自己実現)」 へと切り替わります。日常に驚くほど具体的な変化が現れるんです。

原因不明の疲労感が消え、エネルギーが戻る

抑圧を維持するには、無意識下で常に莫大なエネルギーを消費し続けています。先ほどのビーチボールのたとえを思い出してください。あの「押さえ込む労力」が不要になると、これまで感じていた原因不明の疲労感が嘘のように消え、その分のエネルギーを「今を楽しむ」「創造する」ことに使えるようになります。

感情の解像度が上がり、人生に彩りが戻る

抑圧の大きな副作用は、特定の感情だけをピンポイントで麻痺させることはできないという点です。怒りや悲しみを感じないように心の感度を下げると、連動して「喜び」や「楽しさ」を感じる力まで低下してしまう。

抑圧が解けると、ネガティブな感情をごまかさず感じられるようになると同時に、ポジティブな感情も鮮やかに蘇ります。「ご飯が美味しい」「音楽が心に響く」「空がきれいだ」。日常の些細なことに、深い感動を味わえるようになるんです。

「過剰適応」が終わり、健全な境界線が引ける

他人の顔色をうかがい、本音を抑圧して相手に合わせ続ける「過剰適応」のパターンが終わります。

「これは嫌だ」「私はこうしたい」という自分自身の輪郭がはっきりするので、他者に対して健全な「NO」が言えるようになる。それに伴い、「都合のいい人」としてあなたを利用していた人は離れるかもしれません。でも代わりに、ありのままのあなたを尊重してくれる、風通しの良い対等な人間関係が築かれていきます。

原因不明の身体症状が軽くなる

言葉にならない感情や押し殺された欲求は、行き場を失うと身体症状としてSOSを出します。慢性的な頭痛、胃痛、肩こり、原因不明のめまい。これらは身体が「心の代わりに痛みを引き受けている」状態です。(※4)

感情を適切に感じて表現できるようになると、身体がその役割を担う必要がなくなり、こうした不調が自然と軽減していくことが多いんです。

※ひとつだけ注意|「好転反応」について

抑圧が解け始める時期は、長年せき止めていたダムのゲートが開くような感覚で、過去の怒り・悲しみ・恐怖が波のように押し寄せてくることがあります。急に涙もろくなったり、怒りっぽくなった自分に戸惑うかもしれません。

でもこれは「悪化」ではなく、心が本来の健全な血流を取り戻すための 「好転反応(解毒のプロセス)」 です。この嵐を越えた先に、驚くほど身軽で、彩り豊かで、地に足の着いた「本当の自分の人生」が待っています。

「抑圧」のクセに気づき、心を楽にする3つの対処法

「抑圧」のクセに気づき、心を楽にする3つの対処法

さて、ここからは実践編です。

正直に言います。抑圧は完全に無意識のプロセスなので、逃避のように「行動を観察して気づく」ことすら難しい。自分でリアルタイムにその働きに気づくことは極めて困難です。

だからこそ、抑圧が日常に落とす 「影」や「漏れ出し」を手がかりにするアプローチが重要になります。

まず知っておきたい|抑圧の限界を知らせる3つのサイン

対処法に入る前に、抑圧の蓋がきしみ始めているときに現れるサインを知っておきましょう。

① 不自然な「過剰反応」:
些細な出来事 —— 誰かの軽い一言や、ちょっとした予定変更 —— に対して、自分でもコントロールできないほどの激しい怒りや悲しみが爆発するとき。これは目の前の出来事への反応ではなく、限界を迎えた抑圧されていた過去の感情が連動して吹き出しているサインです。

② 特定の感情の「欠落」:
客観的に見て明らかに怒るべき場面、悲しむべき場面であるのに、「何も感じない」「妙に冷静で他人事のように感じる」とき。心を守るために感情のブレーカーが落ちている状態です。

③ 身体による「代弁」:
内科的な異常がないのに続く慢性的な首や肩の張り、原因不明の胃痛。あるいは「休もうとするとなぜか体調を崩す」というパターン。これは言葉にできない無意識からのSOSであることが多いんです。

こうしたサインに心当たりがあれば、以下の3つの対処法をぜひ試してみてください。

ステップ1:ジャッジのない「安全な出力」を習慣にする

無意識に沈んだものをすくい上げるには、意識的なフィルター(理性や道徳観)を通さずに出力(アウトプット)する時間を作ることが効果的です。ノートに書き殴るモーニングページや、音声ジャーナリングなどが代表的ですね。

わたしは趣味でパステル画や水墨画を描くのですが、この出力のプロセスは、真っ白な画用紙に最初の色や墨を落とす時の感覚にとてもよく似ています。

最初はどんな作品になるか分からなくても、とにかく色を置いてみる。最初はただの「汚れ」や「意味不明な形」にしか見えなくても、一切ジャッジせずに筆の赴くままに任せてみるんです。

この「ジャッジしない」という点で大切にしていただきたいのが、心理療法のひとつである内的家族システム療法(IFS)の視点です。IFSでは、私たちの心はひとつの塊ではなく、複数の「パーツ(部分)」から成り立っていると考えます。(※2)

ドロドロとした怒り、みっともない嫉妬、どうしようもない恐怖。それらがノートに書き出されたとき、「こんなことを考える自分は最低だ」とジャッジするのではなく、「私の中に、こういうふうに感じている『パーツ(部分)』がいるんだな」 と捉えてみてください。

意味が通っていなくても構いません。検閲なしに出力するという行為は、長年地下室に閉じ込められていたあなたの「一部(パーツ)」に、ようやく安全な居場所を渡してあげるプロセスなんです。

ステップ2:湧き上がる「不快な感情」を歓迎する

ステップ1を続けていくと、これまで見ないようにしていた不快な感情が少しずつ意識にのぼってくるようになります。

このとき、「こんなことを感じてはいけない」と再び押し込めるのではなく、その感情を擬人化して対話してみてください。これもパーツワークの強力なアプローチです。

「今までずっと、そうやって私を守ろうとしてくれていたんだね」 「ようやくあなたの声を聞けるくらい、今の私は安心できているんだよ」

怒りや悲しみを「排除すべき敵」として扱うのではなく、「過去の傷から私を守ろうと必死に働いている防衛隊長」 のように労ってあげるのです。

トランスパーソナル心理学の観点では、どんなにネガティブに見える感情にも、その奥には必ず「あなた自身を生かそうとする肯定的な意図」が隠されていると考えます。ただ存在を認め、そのパーツの健気な努力を歓迎してあげる。それだけで、抑圧の蓋は驚くほど自然に緩んでいきます。

ステップ3:身体の感覚(フェルトセンス)にただ「居る」

言葉にならないモヤモヤや、胸のつかえ、喉の奥の詰まり…..。そうした身体の微細な感覚に、ただ静かに意識を向け続けるアプローチです。

※ フェルトセンスとは・・・言語化できない漠然とした微細な身体感覚のこと。モヤモヤする。ズンと重苦しい。といった「なんとなく」の感覚。

ここで取り入れたいのが、プロセスワーク(プロセス指向心理学) の叡智です。プロセスワークでは、身体の不調や不快な感覚を「治すべき悪いもの」とは考えません。それは 「言葉(意識)で表現されなかった抑圧エネルギーが、身体という舞台を使って表現しようとしている未完のプロセス」 だと捉えます。(※3)

「これは何だろう?」「原因は?」と頭で分析して解決しようとするのをやめてみるわけです。代わりに、その硬さや重苦しさの隣にただ一緒に「居る」。逃げずに寄り添い続けます。

すると不思議なことに、その感覚が自らメッセージを語り出すように変化していきます。硬かったものが少しずつ温かくなったり、過去の映像がふっと浮かんできたり。身体は、頭よりもずっと正直に「本当のあなた」を知っています。身体の症状が見せてくる”物語”が自然に展開していくのを、ただ信頼して見守る時間を持ってみてください。

最後にひとつ補足です。抑圧の蓋を「気合い」や「理性」で無理やりこじ開けることは、心を守ろうとしているパーツたちを怯えさせてしまいます。焦らなくて大丈夫。安全な環境で、心のパーツたちと少しずつ信頼関係を結び直していくことが何より大切です。

【事例】抑圧に気づいた健太さんの話

【事例】抑圧に気づいた健太さんの話

ここで、私が実際に関わらせていただいた健太さん(仮名・35歳)のケースを紹介します。うまくいく時もあれば、いかない時もある。そんなリアルな面もお伝えできればと思います。

会社員の健太さんは、真面目で責任感の強い人でした。でも最近、部下の些細なミス、たとえば書類のフォーマット違い程度のことなどに対して、自分でもコントロールできないほどの激しい怒りが湧き上がり、つい声を荒げてしまう。その後は毎回、激しい自己嫌悪に陥る。

休日は常に鉛のように体が重く、趣味にも手がつかない。内科を受診しても「異常なし」。でも、ずっと喉の奥から胸にかけて、何かがつっかえているような違和感を抱えていました。

ステップ1:安全な出力を始めた

健太さんはまず、毎朝少し早く起きてノートに思い浮かんだことを書き殴る習慣と、通勤中の車内でスマホのボイスレコーダーに心の声を吹き込む習慣を始めました。

実際のプロセスは教科書通りには進みません。最初は「今日の会議の段取り」「あー、疲れた」といった表面的な言葉ばかり。「こんなことをして何になるんだ」という苛立ちや虚無感ばかりが募っていました。

実は、この「馬鹿馬鹿しい」「やりたくない」という強烈な抵抗こそが、抑圧の蓋を必死に守ろうとしている心のガードマンの働きそのものと言えます。

私は「その馬鹿馬鹿しさや、やりたくないという抵抗感そのものを、一切ジャッジせずに言葉にしてみてほしい」と伝えました。

ステップ2:不快な感情を歓迎した

数週間続けるうちに、「本当は全然評価されていない気がして悔しい」「上司のあの見下した態度が許せない」といった、これまで見ないふりをしてきたドロドロとした感情が出てくるようになりました。

ちょうどその頃、セッションで健太さんに、例の「喉から胸の違和感」に静かに意識を向けてもらったときのことです。

美しいドラマのように、抑圧に気づいていきなり涙がポロポロと溢れる……なんてことは起きませんでした。

健太さんは目を閉じてしばらくすると、急に激しく咳き込み始めます。「なんか、息が苦しいです。胸のあたりがザワザワして、今すぐここから逃げ出したくなってきた」と、顔をしかめてパッと目を開けられました。

心理セラピーの現場では、無意識の奥に沈めた核心に触れそうになると、心は「これ以上近づくのは危険だ!」と最大級のアラートを鳴らし、身体症状(咳や逃避衝動)として強烈なストップをかけてくるのはよくあることです。

私は「無理に蓋を開けなくていいですよ。ただ、逃げ出したくなっている自分のパーツに今ここにいることを、そのまま認めてあげましょう」と伝えます。不快な感情やザワザワ感を「早く消そう」とするのではなく、その感覚と一緒にただ部屋に「居る」ことだけをお願いしました。

ステップ3:身体の感覚に留まった

「大の男が、こんなみっともない感覚に怯えるなんて」という自己嫌悪も湧き上がってきましたが、健太さんは逃げずにその微細な身体の感覚(フェルトセンス)に留まり続けます。

「なぜ苦しいのか」と頭で分析するのをやめ、胸にある硬い岩のような感覚を無理に溶かそうともせず、ただその岩の横に静かに寄り添って座るようなイメージでいます。すると咳やザワザワ感が少しずつ落ち着き、やがて健太さんはポツリと言ったのです。

「……怖かったんです。部下にナメられたら、自分の居場所がなくなるんじゃないかって」

部下への過剰な怒りの根底にあったのは、「自分は尊重されていない」「見捨てられるかもしれない」という深い悲しみと恐怖だったんです。そしてそれは、幼少期に親の顔色をうかがい、優秀で聞き分けの良い子を演じることでしか愛情(自分の居場所)を確保できなかった頃の、ヒリヒリとした記憶と結びついていました。

健太さんは声を上げて泣き崩れるようなことはありません。ただ、深く、とても深く息を吐き、「そりゃあ、怖かったよな」と、これまでたった一人でその恐怖に耐えてきた過去の自分を、静かに迎え入れました。

健太さんのその後

この一つの気づきによって、翌日から全てがバラ色になったわけではありません。その後も何度か、部下のミスに対してイラッとする瞬間はあったそうです。

しかし、決定的な違いが生まれました。怒りが湧いた瞬間、「あ、今、胸の岩がザワッとした。僕は今、居場所がなくなるような気がして怖がっているんだな」と、自分を客観視できるようになったんです。

過剰な怒りの爆発は徐々に減り、喉の詰まりや慢性的な疲労感も薄らいでいきました。抑圧の解放とは、魔法のように一瞬で心が晴れ渡るようなものではありません。 強烈な抵抗にぶつかり、身体の不快感に戸惑いながらも、泥臭く自分の感覚との対話を続けることで、少しずつ「本来の自分」の輪郭とエネルギーを取り戻していく、地道で確かなプロセスなんです。

筆者の「抑圧」について|わたしも押し殺してきました

筆者の「抑圧」について|わたしも押し殺してきました

偉そうに解説していますが、わたし自身もずいぶん「抑圧」との付き合いが長かった人間です。少しだけ、わたし個人の話をさせてください。

あれは10歳の時でした。 当時の家庭環境はあまり良くなく、いわゆる機能不全家族でした。父と母はアルコールにのめり込み、兄は精神的な病と反抗期。毎晩大声での喧嘩と暴力が絶えない日々でした。

わたしにはそれを制止する力もなく、ただただ耐えるしかありませんでした。気づけば、じっと部屋の片隅に体操座りをして、深呼吸のような呼吸を繰り返していました。組んだ両手はとても冷たかったように思います。たくさん息をしないと生きている心地が味わえなかったんです。でも同時に、その大げさなくらいの呼吸をすることで、「僕はここにいるよ。僕のことも見て。」と存在をアピールしていたのかもしれません。

10歳のわたしは本当は、学校であったことや友達と遊んだことなんかを親に話したり、テレビを見ながら家族でふざけたりしたかったのだと思います。しかし現実は、暴力の毎日。恐怖でしかありません。自分に矛先が向かないように、存在を消すしかなかったのです。そして、毎日の恐怖を感じているとまともに生きられなかったので、その恐怖を無意識下に押し込めていきました。

しばらく経って、学校を休みがちになります。腹痛です。医者に診せても原因不明でした。それが2年ほど続き、12歳の時にやっと原因がわかります。胆石でした。

抑圧したものは「なかったもの」にはならず、消えてなくなるわけではありません。わたしの場合は胆石として浮上してきました。これが「抑圧されたものの回帰」と言えるものなのかもしれません。

胆石は手術で取り除きました。その後、ずっとやってみたかったバスケットボールに夢中になり、友達も増え、学校も楽しくて休まなくなりました。10歳の子どもには耐えられなかった恐怖を抑圧し続けた結果、胆石という症状として現れて、取り除かれていった。そんな経験をしました。(※4)

わたしが「抑圧」に気づいた瞬間

もちろん、当時はそれが「抑圧」だなんていうことはわかりません。大人になって心理セラピーを受けることで、心をひとつひとつ紐解いていく中で、ようやく気づくことができました。

実は大人になっても、漠然とした恐怖を抱え、さまざまなことにチャレンジすることができない時期がありました。ちょうどその頃は、本当は心理カウンセラー・セラピストとして独立したいのに、「まだ実力がないから」「まだ集客する人脈がないから」とずっと避けていたんです。

でも本当は独立したい。でもなぜ一歩が踏み出せないんだろう…..。

そんな時に心理セラピーを受けて、フェルトセンスに意識を傾けると、あの10歳の体操座りをした自分の記憶が蘇ってきたんです。完全に忘れていた記憶でした。

心を紐解いていくと、当時の体験から、「自分が本当にやりたいことをやろうとしても、怖いことが起きる」と無意識の奥底で思い込んでいたことがわかりました。10歳の自分が、やりたいことを我慢して存在を消すことでしか生き延びられなかった…..。あの経験が、大人になっても「本当にやりたいこと」に向かう足をずっと止めていたんです。

当時は確かに、恐怖を「抑圧」することで自分を守ることができました。あの防波堤がなければ、10歳のわたしは恐怖に押しつぶされて壊れていたかもしれません。

でも大人になったわたしは、さまざまな経験をしてきたし、対処する力も身についている。だからわたしは、大人になっても抑圧で自分を守り続けてくれている「あの頃の自分」に、こう語りかけました。

「もう大人になったから大丈夫なんだよ」「やりたいことをやっていける力があるんだよ」

あの時、10歳のわたしが必死に作り上げた心の防波堤は、やがて『胆石』という硬い石になって身体から取り除かれました。健太さんの胸にあった『硬い岩』も同じです。心の中に石や岩を感じたとき、それは決してあなたを苦しめる悪者ではなく、過去のあなたが必死に自分を守ろうとして固めてくれた『命の盾』なのだと思います。だからこそ、今こうして同じような痛みを抱え、心に硬い石を抱えた方に寄り添う仕事ができている。今ではそう感じています。

「抑圧」に気づくためのチェックリスト

「抑圧」に気づくためのチェックリスト

ここまで読んで、「でも抑圧って無意識なんでしょ? どうやって気づけばいいの?」と思いますよね。

実は、前回の記事でお伝えした 「逃避(目に見える行動)」が、抑圧を発見するための最高のアラームになるんです。

逃避という行動は、抑圧の蓋が吹き飛ばないように上から押さえつけておくための「重し」のような役割を果たしています。だからこそ、自分の「逃避のクセ」に気づくことが、その奥にある「抑圧された本音」へたどり着く最短ルートなんです。

日常の中でパッと使えるよう、一覧表にまとめました。

カテゴリー日常の「逃避」サイン(目に見える行動)奥で「抑圧」されている可能性のある本音
没頭・作業やるべき仕事があるのに、ゲームや無関係な作業に過剰にのめり込む失敗や批判への「恐怖」、あるいは「本当は今のやり方に納得していない」本音
対人・関係性パートナーとの本質的な対話を避け、別の対象にばかり意識を向ける相手に理解されない「深い悲しみ」や、関係性が変化することへの「恐れ」
身体・感覚特定の作業に向き合おうとすると、急激な眠気・頭痛・倦怠感に襲われる直視すれば耐えられないほどの「怒り」や「心理的な強い拒絶」
感情のすり替え本当は傷ついているはずなのに、なぜかイライラして別の対象を攻撃する心の脆さや無力さを認めることへの「惨めさ」や「強烈な恥」
思考・合理化「今はタイミングじゃない」ともっともらしい理由で決断を先延ばしにする未知の領域へ踏み出す不安や、本当の欲求に従って生きることへの「怖れ」

このチェックリストの使い方

① ジャッジせずに認める:
まずは「あ、今ゲームに逃げてるな」「ペットの世話を理由に大事な話から逃げてるな」と、行動の事実だけを責めずに認めます。

② 自分に問いかける:
その上で、「この行動をとることで、わたしは今、どんな感情を感じずに済んでいるんだろう?」 と、表の右側を参考にしながら、静かに自分自身へ問いかけてみてください。

逃避行動を「悪いこと」として無理にやめようとするのではなく、自分の無意識を知るための 「入り口」として活用する。そうすることで、心は少しずつ本来の軽さと柔軟性を取り戻していくはずです。

このリストをスマホのメモ帳に保存したり、手帳に挟んだりしてみてください。

さいごに|抑圧と和解して、ありのままの自分へ

さいごに|抑圧と和解して、ありのままの自分へ

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。最後に、この記事のポイントを振り返りましょう。

「抑圧」は、心が壊れないように全力で守ってくれている”防波堤”であり、過去の自分の健気なサバイバル戦略の痕跡である。 ただし無意識のまま常態化すると、感情の解像度が下がり、身体症状や人間関係のパターンとして漏れ出してしまう。だからこそ、安全な出力 → 不快な感情の歓迎 → 身体感覚との対話という3ステップで、少しずつ氷を溶かしていくことが大切です。

もし今、あなたが「何も感じられない自分」や「よくわからない怒りに振り回される自分」を責めているなら、どうか少しだけ手を止めて、こう問いかけてみてください。

「わたしの心の防波堤は、何を必死に守ろうとしてくれているんだろう?」

その問いの先に、あなたがずっと封印してきた「ありのままの心」つまり、本当のあなたの音色が、静かに息をしているはずです。

わたし自身も、いまだに忙しくなると無意識に感情に蓋をしそうになります。そんな時は、愛犬のウメと一緒にゆっくり散歩をしながら、ただ自分の呼吸や足裏の感覚に意識を向ける時間を大切にしています。

他の防衛機制についても知りたい方は、こちらの完全版まとめ記事もぜひご覧ください。 → 【完全版】防衛機制とは?種類と具体例・心の成熟度レベルをわかりやすく解説
あなたのハートの音色が、今日も静かに、でも確かに響き始めていますように。

参考文献

※1:アンナ・フロイト『自我と防衛機制』
※2:フランク・G・アンダーソン 他『内的家族システム療法スキルトレーニングマニュアル―不安,抑うつ,PTSD,薬物乱用へのトラウマ・インフォームド・ケア』
※3:ジュリー・ダイアモンド 他『プロセスワーク入門』
※4:ベッセル・ヴァン・デア・コーク『身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法』

お読みいただく際のご注意(免責事項)

この記事で解説している「抑圧」や、それに伴って現れる身体症状(胃痛、頭痛、慢性的な疲労感、喉の違和感など)は、あくまで心理的な防衛メカニズムの観点から考察・解説したものです。
心身に強い不調がある場合や、痛みや違和感が長引いている場合は、背後に内科的・身体的な疾患が隠れている可能性があります。自己判断で「これは心理的なものだ」と決めつけず、まずは必ず専門の医療機関(内科や心療内科など)をご受診ください。
本記事の情報は心理療法的な視点を提供するものであり、医師による診断や医療行為を代替するものではありません。