馴染み深い罪悪感ってありますか?いつも、何度も味わってしまう罪悪感。

今回の記事では、なぜ何度も罪悪感を味わうのか、その紐解きや、罪悪感を手放す方法までご紹介します。

なんとなく、いつもどんより抱えている罪悪感があるならば、最後まで読んでいいただくことで、「なるほど!」という理解が得られます。また、罪悪感を抱くと放たれる囚人のようなエネルギーから、感謝のエネルギーに転換できるヒントも得ることができます。

では、早速みていきましょう!

いつも感じる罪悪感の正体とは?手放す方法も解説

まずは基礎知識として、罪悪感とは何か、どう定義されてあるのかを確認していきます。

その後に、罪悪感を一緒に紐解いていきましょう。

罪悪感とは?

罪悪感とは、ネットで調べてみると、【社会のルールや道徳的な規範から外れた行動を取った時に自分を責める感情のこと】とあります。

これだけでも意味は理解できのですが、もう少し僕なりにわかりやすく定義するとこうなります。

罪悪感とは、

です。

たとえば、

  • しっかりしないといけないのに、(しっかりせずに)がっかりさせてしまった
  • チームに貢献しなければならないのに、(役に立つことができずに)何もできなかった

など。

罪悪感と似た背徳感とは

似たような感情で、「背徳感」があります。背徳感は、【道徳】に背いている後ろめたい気持ち。それに対して「罪悪感」は、【人】に対して感じる後ろめたい気持ちと言えるでしょう。

背徳感のたとえとしては、「カロリーが高い料理を食べてしまった」「ダイエット中なのにラーメン食べちゃった」などです。

罪悪感と背徳感は、対象が道徳か人かの違いはありますが、この記事では、背徳感も合わせて「罪悪感」として扱っていきます。

本来、罪悪感は「ごめんなさい、もうしません!」の意味

ということで、事前知識はこれくらいにしておいて、本題に入っていきましょう。

いろいろと罪悪感を心理的に話し始めると、罪悪感の中でも様々な種類があったり、ビリーフと結びついているため、かなり内容が広範囲になってきます。

でもぶっちゃけ、簡単に言うと罪悪感って、「ごめんなさい、もうしません!」と反省することが本来の意味だと思うんです。

しかし、「もうしません」で終わらない、いっつも繰り返す罪悪感ってありませんか?

でも、何度も繰り返す罪悪感

何度も繰り返す罪悪感ということは、そもそも直す気がないってことかもしれません。

つまり、本当の意味では、罪の意識をあまり感じていないと言えるんじゃないでしょうか。

たとえば、

  • 部屋を片付けないことに罪悪感を抱くけど、ずーっと片付けない
  • ブログを更新しないことに罪悪感を抱くけど、ずーっと更新しない
  • 役に立たててないことに罪悪感を抱くけど、ずーっと何もしない

そうやって、なんとな〜く罪悪感を感じてる。

これに限らず、似たようなケースを体験したことないですか?

さっき言ったように、「ごめんなさい、もうしません!」と思えたらな、繰り返さないし、もうやらないと思うんです。でも繰り返す。

なぜ、何度も繰り返して罪悪感を抱くのでしょうか?

なぜ、同じような罪悪感を繰り返し味わうのか?

それは、課している禁止やルールがウソだからです。

つまり、無意識レベルで、そもそも禁止を禁止と思ってないし、ルールをルールと思ってないから、それを破るんです。

たとえば・・・

例)部屋を片付けないことに罪悪感を抱くけど、ずーっと片付けないケース
課している禁止やルール:部屋は汚しちゃいけない/整理されてないといけない
無意識に思ってること:今片付けなくてもいいや!
罪悪感:罪を感じる、ちゃんとした人なのよ!

なんなら、無意識にこれくらいのこと思ってたりします↓

課している禁止やルール:部屋は汚しちゃいけない/整理されてないといけない
無意識に思ってること:だらしなく過ごすってラク〜♫
罪悪感:罪を感じる、ちゃんとした人なのよ!

罪悪感を抱くことで、自分を傷つけないようにしたり、バランスを図ろうとしてるんですね。

罪悪感は隠れ蓑⁉︎

それと、気づいていただきたい大切なことは、

「罪悪感と引き換えに、自分がやりたいことがやれている」

ということです。

罪悪感を抱きやすい人は、楽することや、快楽、気持ちがいいことに対して、自分に許可できない人が多いように思います。

楽する・快楽・気持ちがいいに堂々と自分に許可できてないもんだから、罪悪感を隠れ蓑にして、こっそり味わってるんです。

こんなことありません?↓

お友達と旅行に行く/ちょっと高級なレストランで食事する/推しのライブに行くなど。そんな自分に堂々とOK出せないから、せっかく好きなことやってるのに、罪悪感を抱いちゃうってことありません?

で、この罪悪感の正体は、「ほら、私、ちゃんと罪悪感を感じてるんだよ」と家族へのアピールだったりします。
(でも、ほとんどの場合、その家族は、罪悪感なんていらないから、楽しんで欲しいと思ってたりします)

本当に悪いことをした、って思ってないから、また行きます。で、また罪悪感を抱きます。

この繰り返しです。

このように、何度も繰り返し味わう罪悪感は、実はニセモノで、隠れ蓑にしてやりたいことをやっているんです。

起きている罪悪感を解説するとこんな感じでしょうか↓

例)平日にお友達とちょっと高価なランチに行ったときの罪悪感
課している禁止やルール:夫が仕事中に贅沢しちゃダメ
無意識に思ってること:幸せー!あなた(夫)、もっと私のために仕事がんばるのよ!
罪悪感:罪を感じる、ちゃんとした人なのよ!

ちょっと激しすぎました?^^;
でも、本音ってこれくらいのこと言ってたりするもんです。

では、これまでをまとめると、こうなります。

何度も繰り返す罪悪感とは?

①課している禁止・ルールがそもそもウソ
②禁止やルールを破ることで無意識に「快楽」を得ている
③そんな自分にOKが出せないから罪悪感を隠れ蓑にする

こんなところでしょうか。

罪悪感を手放して軽快に生きていく方法

罪悪感の仕組みがわかったところで、次に思うのは「じゃ、どうすれば罪悪感から解放されるの?」ですよね。

ビリーフを手放していく方法がありますが、ここでは他の方法をご紹介します。ビリーフについては、以下の記事を参考にしてください。

罪悪感を手放していく方法、それは、

  • 罪悪感と引き換えに得ることができた「快楽」に気づく
  • 「快楽」を味わえたことに感謝する

感情は、しっかりと味わい(感じ)切らないと、何度も何度も湧いてきます。つまり、「快楽」に蓋をして、それを罪悪感とみなしていると、味わえてない「快楽」が、何度も何度も湧いてきます。

なので、繰り返し何度も罪悪感を感じる時は、引き換えにどんな「快楽」を得ているのかを探してみてください。

部屋を片付けられなくて罪悪感を抱いているのであれば、引き換えに、どんな「快楽」を得ているのでしょうか。

仕事で役に立ててなくて罪悪感を抱いているのであれば、引き換えに、どんな「快楽」を得ているのでしょうか。

夫に内緒で高価なランチに行って罪悪感を抱いているのであれば、引き換えに、どんな「快楽」を得ているのでしょうか。

このとき、人によっては、快楽を得ようとする自分に対して、「ふしだらな私」「だらしない私」などと湧いてくることもあるでしょう。

そんな私さえも「そんな自分もいるんだな」と、一度受け入れてあげてください。これを自己受容といいます。

そして次は、感謝です。

部屋を片付けられなくて罪悪感を抱いて、引き換えに、何もしない開放感という快楽を得ていたならば、そんな時間を作ってあげた自分に感謝したり、誰にも何も言われない環境に立ったりも感謝できるかもしれません。

夫に内緒で高価なランチに行って罪悪感を抱いて、引き換えに、贅沢な時間と料理を堪能できたならば、それを可能にした自分の頑張りや、家族の支え、信頼してくれる友達に感謝できるかもしれません。

快楽を認め、感謝すると、

これまで、罪悪感をまとった囚人のようなエネルギーから、歓びに溢れる感謝のエネルギーに変わっていくはずです。

やっていることは同じなのですが、罪悪感の仕組みがわかると、とっても軽快な人生に変わっていくんです。

まとめ

いかがでしたか?罪悪感って心理的に扱うと根が深く、記事にしてもちょっと難しくなるだろうな、と思い、なかなか書き出せなかったのですが、ちょっとポップに扱ってみることで、大切な要素をポイントを絞ってお伝えできたかなと思ってます。

自己変容の鍵は、ちょっと心が痛くなるところに潜んでいます。そのため、思い切って快楽を自覚し、それを味わい、感謝に昇華していくことで、これまでと違う「あり方」になり、思考が変わり、行動が変わってきます。すると、これまで見たことのない世界を体験することになります。

自己変容の旅、思い切ってダイブしてみませんか?

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。